【会員レポート】太田・大泉(群馬県)を歩く

こんにちは。地理研のIです。 コラムをご覧くださりありがとうございます。最近ではありませんが、過去に個人的に訪れた巡検を紹介します。群馬県太田市と大泉町へ行ってきました。群馬県太田市は自動車会社SUBARUの生産工場があり、企業城下町が形成されています。企業城下町とは、1つの企業が地域の中心的存在になり、それを取り巻くように経済が構成されている町のことです。一方、大泉町は町内人口の約20%が在留外国人で構成されており、なかでもブラジル人はその半数以上を占めます。企業城下町であることと、在留外国人の割合が高いこと、この2つには因果関係があります。いったいなぜなのでしょうか…?ということで、この巡検のテーマはこちらです!


テーマ:企業城下町と日系ブラジル移民


①SUBARU

群馬名物の上州からっ風(この地域では赤城おろしと言う)を感じながら、太田駅北口を降りてすぐ、目に飛び込んできたのは一流自動車会社SUBARUです。太田市はSUBARUの企業城下町です。企業城下町とは1つの大企業を中心にその地域の経済が成り立っている町のことを言います。太田はもともと軍需産業が盛んで、第二次世界大戦中に中島飛行機が立地し、戦後、SUBARUの前身である富士重工業に引き継がれ、地元の町工場も下請け工場に再編された経緯があります。

②歩道橋

何か不自然ですよね?写真右側だけ柵が不透明で高いです 。なぜでしょう?正解は、隣にSUBARUの工場があるから。歩道橋など高いところからだと工場内が見えてしまうので、それで情報が漏洩しないように防ぐためです。奥が深いですね。

③大光院と門前町

そもそもSUBARUの前身、中島飛行機、富士重工業の工場ができたのは、大正時代以降です。では、それ以前、太田はどんな町だったのでしょうか?実は大光院という寺の門前町でした。この大光院は徳川家康が新田義重(源義家孫、新田氏祖)の冥福を祈るために建てた寺です。かつての中心市街地は、ここに形成されていた門前町でしたが、都市化が進行して中心地が移動したようです。ちなみに、この寺の椅子に、NECパーソナルプロダクツ寄贈と書いてありました。SUBARUとPanasonicの工場が近くにあるので、それらと提携している企業がこの地域では力を持っているとこが読み取れます。企業城下町の特徴です。

④宿場町

実は、太田は宿場町でもあります。日光例幣使街道という街道の宿場町です。例幣使というのは朝廷から神社へ使わされる祭使のことです。京都から日光へ行くときにこの道を大名が通りました。1907年の古地図を見ると、現在の太田駅がある地点より北側(宿場町がある)は都市が形成されている一方、南側には水田が広がっています。ここもかつて繁盛していたわけです。現在は太田市内の幹線道路沿いに商業地が多く立地しているため、門前町、宿場町の商店街は衰退したと考えられます。そのため、ここの商店街は地方都市特有のシャッター街になっています 。

⑤駅前ビル

太田駅南口前のビルの案内板です。機械工業系の会社が多いことがわかると思います。これも企業城下町の特徴です。SUBARU(一部Panasonicも)を中心にそれと関係のある企業がこの地では多く活躍しています。

⑥下請け工場

これもSUBARUの下請け工場ですが、何か特徴に気付きませんか?看板に日本語以外の言語が書かれています!これは全部ポルトガル語です。多くの日系ブラジル人が大泉町に住んで働いているからです。歴史を概略すると、1908年以降、日本からたくさんの人々がブラジルをはじめとする南米に移住し、コーヒー農場などで労働をします。その後、1990年に入国管理法が施行され、その子孫である日系ブラジル人が出稼ぎなどで日本に来て働いているのです 。1993年から、日本の技術を学びに来る技能実習生の制度が開始され、大泉町の居住者数は次第に増加しました。当然のことながら、技能実習生の中には日系ブラジル人も一部含まれていますが、大半はベトナム、中国、フィリピンなどアジア系の割合が大きいです。

⑦ブラジルスーパー

事前にこのスーパーの存在を調査していたので、存在は知っていましたが、予想以上にブラジルでした。スーパーの入り口にはポルトガル語での記述のみ。中に入るとポルトガル語しか聞こえない!突然、自分がこの社会ではマイノリティになったことを感じたのとともに、海外で暮らすとはこういうことを意味するのかと思いました。

⑧スーパーで買った商品

ここのスーパーで買いました。ほとんどの商品の原産国はブラジルです。店内でもポルトガル語の表記が普通でした。

⑨ ブラジル料理店

ブラジル料理です。ブラジルの地理的特徴がよくわかりますね。

まず、牛肉。ブラジルは牛肉の輸出が世界第1位(2016年)。広大な土地で飼育して安価に出荷、輸出しているわけですが、それはアマゾンで森林を伐採していることも一因です。我々が安価な牛肉を食べることができるのは、森林を伐採しているからとも言えます。安易に森林伐採反対などと叫べないわけです。ここは難しい問題です。

次に大豆。大豆はもともと、東アジア原産ですが、新大陸型の農業に 適していたため、南北アメリカ大陸で大量生産されています。 2016年のデータによれば、大豆の生産量は、アメリカ合衆国が最大で、ブラジル、アルゼンチンが続きます。ここからもその傾向が読み取れます。

あとは見たことない野菜が数点ありました。

この店でもポルトガル語が飛び交っていました。店員も客も皆、ブラジル人。つまり、日本人コミュニティとブラジル人コミュニティが交わっていない。外面上では多文化共生しているものの、内面でどうなのかはわからないのではと思いました。 エスニックマイノリティはホスト社会で生き抜くために一部地区に集中すると言われる通り、それはここでも同じ。ブラジル人をはじめとする外国人が居住する地区は大泉町の中でも偏っています。その中だけでコミュニティが形成されて地域が成立しているのではないでしょうか。

会計のときポルトガル語で話かけられました。それだけ、この社会ではポルトガル語を使用するのが日常なのです。

⑩多文化社会

実は大泉町には、ブラジル人だけでなく、その他外国人もたくさん居住しています。インド・ネパール料理屋、カンボジア料理屋、タイ古式マッサージ店、南アジア物産店、ハラールの飲食店など。実に多様でした。大泉町は人口の約20%が外国人です

冒頭に戻りますが、SUBARU、Panasonicといった日本企業で働く外国人が多かったため、外国人が多く居住しているのです。1993年に入管法が改正されて不法移民が正規移民になったものの、非正規労働者という形で日本経済に貢献してきました。ところが、いくつかの企業はリーマンショックのとき、あっさり、外国人労働者を解雇したのです。現在は再就職している人も多いようですが…。外国人が多く居住することに対し、大泉町の住民には賛成派もいれば反対派もいるようです。大泉町は未来の日本社会とも言えそうです。

冒頭から一貫して「ブラジル人」と書いてきましたが、この呼び方が適切だとは断言できません。日系ブラジル人の場合、ブラジルでは「日本人」と呼ばれ、日本では「ブラジル人」と呼ばれることが多々あるようです。今後は、このような点も考える必要があるのではないでしょうか。

果たしてこの町は多文化共生しているのでしょうか、それはみなさんの目で確かめてください。


参考文献

・(2019)『新詳地理B』帝国書院

・(2018)『新編地理資料2018』とうほう

・石井素介・浮田典良・伊藤喜栄 編(1986)『図説 日本の地域構造』古今書院

・(2019)『データブック オブ・ザ・ワールド 2019年版 -世界各国要覧と最新統計-』二宮書店

・地理用語研究会 編(2019)『地理用語集 第2版』山川出版社

・上野和彦・椿真智子・中村康子編(2015)『地理学概論(第2版)』朝倉書店

・(2017)『アカデミア世界史』浜島書店

・山下清海(2008)『エスニック・ワールド 世界と日本のエスニック社会』明石書店

・藤塚吉浩・高柳長直(2016)『図説 日本の都市問題』古今書院

・内藤正典(2019)『外国人労働者・移民・難民ってだれのこと?』集英社

・地理院地図(一部編集)

https://maps.gsi.go.jp/

・埼玉大学 谷謙二 今昔マップ

http://ktgis.net/kjmapw/

・SUBARU HP

https://www.subaru.jp

・Panasonic HP

https://www.panasonic.com/jp/home.html

・太田市観光物産協会 HP

https://www.ota-kanko.jp

・大泉町観光協会

https://www.oizumimachi-kankoukyoukai.jp

・東洋経済オンラインニュース(2020年3月9日)

https://toyokeizai.net/articles/amp/331370?display=b&amp_event=read-body

・外国人技能実習機構 HP

https://www.otit.go.jp/files/user/191001-18-1-5.pdf

(すべて2021年1月14日最終閲覧)


※本コラムに掲載する内容は、会員個人の見解や調査の内容に基づくものです。当会公式の発表ではありませんので、ご承知おきください。

早稲田大学地理学研究会

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